カゲロウデイズ−heat haze day−(完成版)
【8月15日午後12時30くらいのこと】
「あっつ!!!ねぇ、ヒヨリ!!!暑くない!?僕達蒸されてr「煩い黙れキモい暑苦しい!!!!」
「あ……ごめん」
「…わかればいいのよ」
「……でもまぁ、気持ちは解らなくも無いんだけどね。」
微笑む彼女に僕の胸は高鳴る。
「やっぱりー?」
「私、夏は嫌いなのよね…」
「そう、なんだ……」
猫を撫でながら、いつも通りのぶっきらぼうな言い方で言うが、どこかかなしそうだった。
何故そんな悲しそうな顔をするんだろうか。
そのときの僕には分からなかった。
突然ヒヨリのもとにいた黒猫が走り出した。
「「あっ」」
「待ってよー!」
ヒヨリはすぐさま黒猫のあとを追いかける。
「もぅ…あんなに急いでたら危ないよ……」
こんなことを言ってみるが、ヒヨリは僕が心配するほど馬鹿ではない。
いや、むしろ天才だと思う。
―――と、思ったのに
ふとヒヨリの方を見ると、丁度信号のところにいた。
「そんなとこにいたら本当に危な――」
いいかけて、ようやく気付いた。
信号が点滅して赤に変わったのだ。
「ヒヨリッ!!!赤信号だッ!!!!!」
「――え………」
刹那、大きな物体が僕の視界の邪魔をする。
それがトラックだということに気付くのに数秒かかった。
「ヒ、ヨリ…?」
ヒヨリが居ない。
目の前に広がる"赤"
真っ青に真っ赤で目が眩む。
少し先に横たわるのは、僕の思い人だ。
なんで、
折角伝えようと思ったのに、
やっと、
なのにー………
どうして…………
ヒヨリ、僕はね
ずっと……
−僕は君が大好きだった−
立ち上る陽炎と、やけに暑い炎天下。
目も眩むような空の青と血の赤のコントラストの景色の中
茫然と立ち尽くす僕に
喋るはずもない陽炎が
『繰り返したいか?』
と、嗤うような口調で聞いてきた。
僕の答えは―……
「 」
目を覚ましたのは、時計の針が鳴り響くベッドの上、嫌な夢が夢と疑うほど鮮明に脳裏をよぎる。
「………夢、か」
呆然とした僕を窓の外から黒猫が眺めていた。
「………今は何時?」
枕元に置いてある携帯電話の時間表示を見ると、8月14日の午前12時という表示がされていた。
やけに煩いセミの声をよく覚えていた
「……でさーそれがほんっと酷くてさー」
「へー…でヒヨリはどうしたの?」
「ガン飛ばした」
「そ、そうなんだ……」
こうして話してみるとなんだか不思議な気持ちだ。
「あっ、猫が……!」
…嫌な、嫌な夢を思い出す。
君がーーー
「待って」
昨日見た夢が怖くて
「今日はもう帰ろう」
「……わかったから手離してキモい」
「え、あ!ごめん!!!」
バッと手を離す。
僕としたことが……これではアサヒナー失格ではないか…!!
そんなことを心の中で呟きながら帰るために細い道を通る。
道を通り抜けたとき、回りにいた人達は何故か上を指差し口を開けていた。
「何で皆上ばっかみて……」
ヒヨリが僕を通り越して前に進んでいった。
ビルの上からは普通は落ちてくるハズの無い鉄柱が落下してきていた。
…嫌な音がした。
人を貫く嫌な音。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おい!子供が!!!」
「誰か救急車呼べ!!」
「なんたってあんな小さい子が……」
「ひどい…」
耳を劈くような悲鳴と、大人達のざわついた声。それにどこからか聞こえてきた風鈴の音が全て混ざって木々の隙間で空回った。
「どうして………君はまた、」
死んでしまうの?
無残な君の姿を目の前にして、昨日見た夢を思い出す。
「だって…夢と同じにならないようにしてたのに…」
……そうか、きっとこれもゆ…
『夢じゃない』
「は……」
周りを見渡してみるが誰も僕に話しかけた気配は無い。
それどころか、近寄ろうともしない。
「っ…………!!」
目が眩む。
待ってよ、まだヒヨリの傍に居たいんだ……
ヒヨリの方に手を伸ばすと、ヒヨリの顔が笑っているような気がした。
「え………?」
これじゃあまるで…………!!!
「っ!!!!!」
目を覚ますといつものベッドの上にいた。
「なにこれ、ゆ…め…?」
『夢じゃない』
そんな夢の言葉が脳裏によぎる。
「そうだ……ヒヨリ…ヒヨリに会いに行かなきゃ……!!」
「ヒヨリ……!!!」
「何よ……って、ちょ!!どこいくのよっ!!」
ヒヨリの手をつかみ、走り出す。
どこか、どこか安全な所へ………!
そうして歩道橋の上に着いた。
だけど途端に手が軽くなる。
下を見るとヒヨリが落下していった。
自分は手を離してないのに………ヒヨリから手を離した……?
前と同じだ。これじゃあまるでヒヨリから………!!
………また、
「う……ぁあ…ぁ…っ…」
視界が歪んできた。嗚呼、またか……
「つっ………!!」
いつも通りの風景が視界に写った。
「……8月14日…か……」
「…ヒヨリ…ヒヨリの所に…」
君は、どうしたって死んでしまうんだ。
これはもう疑問では無く、確信だ。
でも……
何年、
それでも……!
何十年繰り返してきたけど
君の悲しい姿はもうみたくないんだ…!!
ほら、僕。
本当はもうとっくに気づいてたんだろう?ヒヨリを助ける方法。
さぁ。もう一度8月14日に…!
今度はヒヨリの手を掴んで押し退ける。
ーこんなよくある話、いつだって結末はひとつだけじゃないかー
瞬間、トラックにぶち当たった。
ヒヨリは……良かった、ちゃんと無事だ。
でも、出来るならもう一回くらい笑いあって話したかったな…。そんな思いと裏腹に軋む体が乱反射する。
視界の端には散々僕を嘲笑っていた陽炎が文句がありそうにこちらを見ていた。
どうだ、もう笑わせねぇよ。今度は僕が笑ってやる番だ。
「ざまぁみろよ」
何処にでもあるような夏の日。
そんな「なにか」が
ここで終わった。
「………ヤ…ビ…ヤ…ヒビヤ…!!」
この声……ああ、あいつか…名前…なんだっけ…もう忘れちゃったよ…確か、凄く変な名前だったような…
あれからどうなったんだっけ…?
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「8月14日……」
もう何回目だろう…。
ベッドの上で一人佇む少女は猫を抱き抱えながら小さく呟いた。
「また駄目だったよ」